この記事は学ロボ Advent Calendar 2023 - Adventarの17日目の記事になります。
- 更新
- 12/17 5:00 横国の方から「ギヤを3DPで作るな」との言及があったため追加しました
はじめに
※今回はそういう話ではございません。
自己紹介
電気通信大学2021年度入学のらずり(@Lazuly_tech)です。NHK学生ロボコン2023ではチームを8年ぶりの出場まで持っていき、現地ではチームリーダーをしていました。1勝もできないまま全敗世代として終わってしまったものの、特別賞を受賞して、何とか息をつなぎました。
そんな学ロボ23からももう半年が過ぎました、時の流れは早いものですね。
所属チームであるロボメカ工房NHKロボコン部隊については昨年のアドカレ記事の一部をご覧ください。当時からの訂正点は「例年よりもハイペースで製作が進んでいます」でしょうか。この記事の後に恐ろしいほど開発が減速しました。
「独ステ」とは
今回の記事のキーワードである独ステについて、簡単な説明を入れておきます。
独ステこと「独立ステアリング機構」(英: Swerve Drive)とは、走行するためのタイヤそのものを回転させてしまうことで走行方向を変える機構です。力の合成で走行するオムニホイール・メカナムホイールとは異なり、進行方向に対して直接トルクを出せるのが特徴です。
タイヤ1つにつき、そのタイヤを駆動させる(地面と平行な軸で回転させる)ためのモータと、タイヤを地面と垂直な軸で回転させて進行方向に向けさせるためのモータの計2つのモータが必要になり、自ずと制御も難しくなります。
ロマンチストと弱小校こそ独ステを作れ
この記事を書いたきっかけ
下級生とSwerve Driveについて話していたとき、彼が検索をかけたところ「独ステ不要論」が最初に入ってきたと聞きました。「フィールドそんなに広くない」「メカより制御」「加速度はいくつ以上でないと認めない」「部品点数が多い」など、さまざまな意見があります(正直何も言い返せません)。
そこで、私が2023シーズンに設計・製作したステアの紹介を通じて、性能面だけでないステアの利点に触れていきます。大層な副題にしましたが、思想には思想をぶつけよということで……。
電通大2022ステアの問題点
大会当日には院1年生になる上級生が設計・製作したステアです。堂々のルール違反。このステアはまぁ色々と言われていました(先輩ごめんなさい)。
[ 写真後日貼ります。撮影忘れました。 ]
- 1ユニットあたり
- 2kg、重い
- 2~3万円、高い
- ステアリングのギヤ比が高すぎて手で回せず、Z相検知の初期動作に一苦労
- 練習場所の凸凹に対して車高が低く、モータがストールしてMDが○ぬ
↑あぁ私のCloverが…… - 加工は大学のワイヤ放電加工機でしているので申請が……(そもそも導電性のものしか加工できない)
ということで、軽く、安く、車高が程よく高いステアを目指してネットの海へ船出をしました。
参考にしたもの
都立大2022ステア
まず自慢したいのはこのステア.「扱いやすいステア」をコンセプトに†整備性の鬼†になりました
— 超フジータ_隠居ロボコニスト (@fujisan_tmu) 2022年6月13日
ネジ1本と配線を外せば外側のPOMパーツがハッチになり,駆動ユニットが取り出せます.去年足回りのメンテに死ぬほど泣かされた教訓から作った,学ロボ(恐らく高専も?)史上初と思われる機構です pic.twitter.com/bHcGqdoFTi
言わずと知れたフジータステア "Removable Swerve Drive"。機体本体に接続されていてステアリング用モータがついている板から、なんと走行用モータ部分が取り外せるものになっています。が、私が注目したのはギヤの素材と取り付け方で、エンジニアプラスチックの1種であるPOM(ポリアセタール)製のギヤにセットカラーを取り付けて、軸に対して面圧で固定するというものです。いろんなところで流行ってはいそうでしたが、私はここから初めて知りました。さらに注目すべきはホイール部分です。それについては下で紹介します。
沼津高専の試作ハイグリップタイヤ
今年のルール的に使うことはねえなと判断したので、以前から作っていたハイグリップタイヤを晒します
— 後藤技研(ごっけん) (@RUG2483) 2021年4月27日
まだ制作中で動かしてませんが... pic.twitter.com/1hNPb3s060
三ツ星ベルトさんのリブスターベルトU 背面コグ付きのウレタン多条Vベルトを足回りとして使用したものです。沼津高専の後藤技研さんがステアへの使用を視野に入れ、自作ウレタンホイールのノウハウ依存の問題(今はそもそもADAPTの原液が売っておらず作れない?)や柔らかさと薄さの兼ね合いから編み出したもののようです。
元はこの部品の用途としてはただのVベルトで、背面のコグはグリップ用ではなく、屈曲性を良くしたり放熱を促したりするための形状です。グリップ用でないならそこまでなのではと思う方もいるかもしれませんが、大丈夫でした。2023ではRRの足回りにも採用しましたが、坂で滑ることはありませんでした。またフジータさんからも結構えげつないエピソードを聞いています。
[RR]
— Lazuly (@Lazuly_tech) 2023年6月16日
足回りは独立二輪?差動二輪?どう呼ぶのが一般的でしょうか、とりあえず二輪+補助輪1オムニです。
フジータステアの駆動輪部分にもなったこのVベルト JBT-4を使ってみました。安いし、融着とかいらないし、手でロボット押してもちゃんとモータが回るくらいグリップ力もあって感動しました!!! https://t.co/vs1VBMxAQo pic.twitter.com/V9aKgK8ZE2
何よりこのベルト、安い!電通大2022ステアのウレタンホイールは1つ3000~4000円ほどしましたが、ベルト本体は1本1000円しません。プーリは3Dプリントなので実質タダ!
溝付きベアリング式
私が学ロボ2022で開発した独ステを紹介しようと思います。
— qz (@qzrobo_92) 2022年6月16日
ステアリングにタイミングベルトを用いた有限回転独ステです。写真中の青い部品は全て3Dプリント部品(PLA)です。#ロボコン pic.twitter.com/ZwevrWAhoQ
最後に、ステアリング方向については京大2022や、それ以前から東大でも見られていた溝付きベアリングを用いたガイドに辿り着きました。
ステアといえば外形100mmほどの大径ベアリングのイメージでしたが、1つ3000~4000円ほどするうえ、サラッと4つで1kgにもなります。高い!重い!それに対して2022大会後のオンラインレセプションで複数大学が推していた溝付きベアリング式は、1個250円ほどなので1ユニット4個で1000円、ベアリングだけなら4つで30gもありません(挟まっている板相当の重さは、大径ベアリングを挟む部品の重さで相殺されるものとみなします)。
電通大2023ステアの紹介
とにかく安さを求めていたので、格安なステア「格安テア」「格安werve Drive」、無理やり英訳すれば"Inexpen-SwerveDrive"になるでしょうか。
またその他の特徴として、車高が20mmになるように設計されている点が挙げられます。 私たちの活動場所である東35号館111号室は所々にコンセントの突起が、東9号館209号室は床が波打っています。重心を少しでも下げるために車高は低くしたいものの、低くするとコンセントの突起にや床の波に引っかかって2022はMDが、2023はおそらく安全装置のヒューズが即死します。
走行用モータ周り
走行用モータ減速部分
モータは毎年マブチ様からいただけるRZ-735VAを採用し、それをCNCで切削したPOMギヤで1:5,から1:2の2段階で合計1:10の減速比にしました。中心から外れているギヤは、Vベルト用に軸同士を離れさせるための中間ギヤです。
この減速比は、部品点数の少なさを重視しつつ(頼りないが、ギリギリ)まともな加速トルクを確保できるラインなのではないかなと思います。現在は加速トルクを求めて下級生の協力で3段階で減速比1:15のステアを作っているのですが、「ギヤ多くないっすか?」とのクレームを毎秒もらっています。ギヤのモジュールは1にしているので、CNCで切削をする場合はエンドミルを3mm→1mmに変えるという手間の多い加工をするか、終始1mmのエンドミルで折れないか怯えながら時間をかけて加工するかの2択を迫られます。部品の少なさは正義。ダイレクトドライブのインホイールが一番正義。
ここで「3Dプリンタでの出力はしないのか」という疑問が上がるかと思いますが、製作当時はロボメカ工房全体として3Dプリンタのリテラシーがオワっていたり(ベッドにマスキングテープの代わりに養生テープを貼る、大量のサポートがついたものを印刷する、大きいモデルや複数モデルを一気に印刷しようとして失敗するのをデータを変えずに連発する など……)、出力物が大きくなる幅の調整が面倒だと感じたりしていたため、採用しませんでした。派手に3Dプリンタを使用すると盲信者が活き活きとしてしまうことにも警戒していました。俺は3Dプリンタ好きくない。
そんなこともあり、横国2023の3Dプリンタギヤ&スリップリングを用いた爆速爆音ステアには感動しました。あれはロマンofロマンです。とても好き。
ギヤを3DPで作るな
— モっ🍵 ඞ (@mot_account____) 2023年12月16日
横国2023ERはモーターのピニオンギヤ以外3Dプリンター製だったせいか爆音だった
あれでも印刷に関わった3DPは4種類だし複数回の出力から選別されたギヤもあるんだから
記事を出した直後に、横国の方から「ギヤを3Dプリンタで作るな」との言及があったため紹介します。試合での故障の原因がギヤだったそうです。
実は私たちも試作段階では3Dプリントギヤだったのですが、POMギヤに変えてからは騒音が減り、手で回した感じからしても明らかに負荷が減っていました。
ちなみに、中段軸と車軸の間にあるギヤは致命的な欠点となっています。片持ちのため、加速時など高トルクになると外に逃げてしまい力の伝達を拒みます。ステア駆動輪側のギヤは特別な対策をしない限り絶対両持ち。怪しいおじさんとの約束だよ。
ステアリングギヤとの接続部分
減速部分とステアリングギヤ・溝付きベアリングに挟まれるアルミ板部分は、はめ込みで接続されています。ギヤを挟んでいる板にある溝の下の部分が心細く感じる方もいるかとは思いますが、橋渡し時のように1ユニットに20kgほどかかっても壊れなかったので問題ないと思います。
組み方は説明の仕方に困ったので、Fusion 360のアニメーション機能を使用して動画にしてみました。YouTubeに公開するのはじめてかも。
ステアリング用モータ周り
良からぬ音してるし固い pic.twitter.com/xW2YVrUthY
— Lazuly (@Lazuly_tech) 2023年3月13日
モータ→走行用→エンコーダの順に57枚、80枚、40枚のギヤを使用しています。
エンコーダ(AMT-102,インクリメンタル)を用いた機構の原点復帰をするためには手で指定の範囲に動かしてやる必要があるのですが、2022のステアはRS-555(IG32の1:71付き)にたしか1:8で減速していたので原点復帰に一苦労していました。それを受けて2023では軽量化も考えてRS-385(IG32の1:71付き)に1:2で減速させるようにしました。トルクは小さくなりますが、原点復帰のための範囲も増えて、軽く回せて幸せになりました。それが本当に幸せかどうかは諸説あり。
57枚はなんとなくです。
お値段
1ユニットあたりの値段を算出するがてら、部品を挙げていきます。 - RZ-735 (¥0, マブチさんより) - RS-385 (同上) - AMT-102V (¥3775×2) - POM板 (¥1820) - アルミ板 (¥1700) - ウレタンベルト (¥600) - 初段の金属歯車 (¥750) - セットカラー (¥600×7) - 溝付きベアリング (¥200×4) - ベアリング諸々 (¥1800)
合計19220円、AMT-102Vがあれば10670円です。M3508+オムニホイール+構造用部品よりギリギリ安いと思います。部品点数は多いけど……
このステアを導入して良かったこと
機構面の教材になる
特に軸周りの設計についてです。実は車軸は段付き軸、中段軸は段無し軸になっており、ベアリングのフランジの向きや固定する部品の有無が異なっています。
やはり設計を始めた新人ロボコニストが躓きやすい点として挙げられるのは軸周りの設計かと思いますが、このステアユニット1つでベアリングの取り付け方の例示と比較ができます。
また、CNCの利用を想定した設計の例にもなっています。ギヤを挟む板や80枚ギヤには板を角に当てられるようにする逃がしの設置、ギヤ切削のためのエンドミル径変更の必要性など、このユニットの製作を通じて技術向上に貢献できていると感じています。
表に見せやすい
「これロボットのここから取り外したものなのですが〜」
と言ってメカメカしいものを見せられる良さ。人の目を惹ける上、チームの改革の代表例として挙げられるもはや遺産のようなものだと思っています。
軽くて持ち運びもできるので、ロボコン旅行のお供にいかがでしょうか(?)
夢が叶った
もうここまで来ると言い訳ですね。
チームに加入してからずっと、ステアユニットの設計・製作をしたいと思っていました。2022のCAN対応MD Cloverの開発動機はステア製作欲によるものです。
まとめ
私が設計した電通大2023の独ステユニットの紹介と、ロボコニストを魅了し続ける独ステの利点について挙げてみました。1つの機構にこだわり続けるのは視野が狭まってしまい危険なことではありますが、ただ出場に向けて製作するだけでは得られないものがあると思います。技術的・金銭的なことも考慮しながら、みんなもステアを作ろう!
最後に改めてもう一度
ステア駆動輪側のギヤは迷ったら両持ち!